口無し道化 4
遊園地に遊びに来る子は、大人が嫌いな訳じゃない。
叱られることは多いけど、まだぶつかる年頃じゃないんだろう。中には、両親のことを楽しそうに話す子もいる。お兄さんはもう、それを間違いと言わなくなった。
夕方になると、子供たちは小さな遊園地から帰っていく。
ここで遊んでいることを親に内緒にしている子の中には、近くの公園へ行ってそこで遊んでいたフリをする子もいる。親が直接迎えに来る子は一人もいない。いたとしてもお兄さんは歓迎しないだろうけれど。
最近は日が沈むのが早い。ぼくはお兄さんに進言して、公園に行く子の面倒を見ることにしている。面倒を見るといっても、数人の小さい子を公園まで連れて行って、その子達の親が迎えに来るまで一緒に遊ぶ、というだけだ。
ぼくがいれば「この子たちはずっと公園で遊んでいた」という証明にもなるから、公園に行く子がいる日は毎日こうしている。お兄さんは自分が行くとも言っていたけれど、お兄さんは大人が好きじゃないし…大人から見るとお兄さんは、なんというか、怪しい。
今日は、最年少の男の子の迎えが遅かった。
もうほとんど日が沈んでいるというのに、いつもはもっと早く来る母親が姿を現さない。ぼくが遊園地に住んでいた一年の間に捨てられた子はいなかったけれど、お兄さんはそういう子も何人か見てきたと言っていた。
お兄さんに相談しようか…と悩んでいた時、やっと母親が迎えに来た。
待ちくたびれたのか、不安だったのか、男の子も母親の元へ駆け寄る。母親は男の子に何度もごめんねを言った後、
「遅くまでありがとう、よかったら家まで送ろうか?」
と心配してくれた。勿論断ったけれど。
どうやら仕事の帰りが遅れただけだったらしい。ぼくは安心して、二人の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
それにしても、と辺りを見る。
こんなに遅い時間まで外にいたのは初めてだ。いつも買い物帰りの人が徹公園沿いの道を歩く人も全くいない。街灯の数もそんなに多くないため、少し怖くなった。
早く帰ろう。お兄さんもきっと心配してる。
速足で歩き出して、ふと前を見ると、一人の男の人がこちら側に歩いてきていた。なんとなく、父さんを思い出す。お兄さんが来てくれるより少し前。母さんがぼくを置いて行った日から変わってしまった、あの……。
途端に鼓動が早くなる。足が震える。
お兄さんからもらったマフラーをぎゅっと握る。大丈夫、大丈夫だ。あの人はぼくの父さんじゃない。ただの大人じゃないか。
街灯の明かりの下に出て、足を止めた。大人との距離は少しずつ近くなってきている。相手は速めに歩いているから、すれ違うのは一瞬だ。白く照らされた自分の靴を見て、大人と目を合わせないようにした。
一秒一秒が、いつもより長い。小さく深呼吸をして、耳をすませた。足音が大きい。大人はすぐ目の前だ。もう数秒すれば通り過ぎる。
足音が、止んだ。
待っても、大人は通り過ぎない。ぼくの横で、足を止めている。嫌な予感がして、そっと大人の顔を見た。
見覚えがある顔だった。悪夢の日々の中で見た、唯一の顔だった。
殴られた訳じゃない。蹴られた訳じゃない。ただ横にいてこっちを見ているだけなのに。
怖い。
お兄さんは来ない。
何故か目を背けられない。
向こうもこっちをじっと見ている。
見つかった。
父さんに。
突然、視線をそらされた。目の前の大人は前を見ると、
「気のせいか…」と短く呟いて歩き出した。
気が付くと、足音が聞こえなくなっていた。
ずっとぼーっとしていたんだろう。辺りはさっきよりも暗い。
いつの間にか、ぼくは走り出していた。
早くお兄さんのもとに帰ろう。
お兄さんが心配している。
いや、心配されていなかったとしても早く帰ろう。
そうしないと、夜の闇に心を押しつぶされてしまいそうだった。